『推しの子』で学ぶ就活テクニック―自分を「演出する」ということ
『推しの子』と就活の共通点
『推しの子』、みなさんは観ていますか?もちろん私は観ています。原作の漫画を含めて大ファンです。『推しの子』を全力で推しています。
自己紹介が遅れました。はじめまして。現在、富士通株式会社の人材採用センターで研修を受けているSと申します。
昨年まではみなさんと同じく学生として就活をしていました。その距離の近さを買われ、就活について記事を書くことになりました。が、『推しの子』のことで頭がいっぱいの私に真面目なアドバイスを期待することはできません。
しかし逆に言えば、『推しの子』についてはいくらでも語ることができます。そして『推しの子』のテーマは「嘘」――就活をしているみなさんであれば、ピンとくるでしょう。「嘘」は就活にとっても、ある一面で見れば、重要なキーワードだと言えます。
そこでこの記事では、『推しの子』を通じて就活のテクニックをお教えできればと思います。「そんなことできるのかよ」と疑問に思う人もいるかもしれませんが、まずは『推しの子』のあらすじを紹介させてください。
『推しの子』とは?
『推しの子』は、そのタイトルのとおり、主人公たちが推していたアイドルの子どもに転生することから物語が始まります。兄のアクア、妹のルビーとして生まれ変わったオタク2人は、前世での不幸を取り戻すように、トップアイドル・星野アイのもとで健やかな生活を送ることになります。
しかしそんな平穏もつかの間、アイはとある事件に巻き込まれ、2人の目の前で死んでしまいます。事件の真相を突き止め、母を死に追いやった真犯人に復讐したい。母の華やかな姿に少しでも近づきたい。それぞれ入り乱れる想いを胸に、成長したアクアとルビーは芸能界での活動を始めます。
とはいえ、光が強ければ強いほど影も濃いのが芸能界です。アイドルという虚像、そして芸能界を取り巻く「嘘」。あるときは「嘘」に翻弄されながら、あるときは「嘘」を利用しながら、2人はそれぞれの目的に向かって進んでいきます。
以上があらすじです。なんとなく就活と親和性があるような気がしてきませんか? もちろん芸能人と就活生は異なります。しかし、自分をアピールし、相手の評価を得るという点は共通点があるかもしれません。『推しの子』という芸能界を舞台にした物語には、「嘘」に関するさまざまな鋭い言葉が散りばめられています。
ここに、『推しの子』と就活を接続する一本の線が浮かび上がります。本作をじっくりと読解していくことで、就活に使えるテクニックを身につけることができるのです。
ではさっそく、『推しの子』の言葉を見ていきましょう。
「嘘は身を守る最大の手段でもあるからさ」
アニメ『推しの子』第六話より引用
▼【推しの子】第六話『エゴサーチ』WEB予告
このセリフは、恋愛リアリティショーに出演することになったアクアがつぶやいたものです。このときアクアが感じていたのは、番組にいわゆるヤラセが少ないことへの不安でした。
妹のルビーは、「ヤラセが少ないのはいいことじゃない?」と視聴者目線の感想を述べるのですが、アクアはそうではありません。むしろヤラセ=「嘘」が少ないことの危険性に気づいていたのです。
アクアの悪い予感は的中します。恋愛リアリティショーで起きた炎上騒ぎによって、出演者の1人、黒川あかねはひどく傷つくことになります。なぜなら、番組内で叩かれることがそのまま「本当」の自分に対する誹謗中傷に変わってしまったから。「嘘」の自分に暴言を吐かれるのであれば、なんとか耐えられたかもしれません。ですが、緩衝材になるほどの「嘘」がそこにはなかったのです。
エントリーシートや面接では、積極的に「嘘」をつくほうがいいのか?
もちろん恋愛リアリティショーに出演したことのある人などそうそういないでしょう。しかしこの「嘘」にまつわるエピソード、就活をしているみなさんとっても身に覚えがあるのではないでしょうか?
就活で「嘘」をつくべきではない。そう教えられ、なるべく「本当」の自分を伝えようと、人生をふり返ったり、自分の性格を分析したり、得意なことと苦手なことを列挙したり。さまざまな努力の結果、毎日のように届き続ける「ご期待に添いかねる結果となりました」のメールたち。自分が否定されているような気持ちになったことのある人も少なくないはずです。
ならば、エントリーシートや面接では積極的に「嘘」をつくほうがいいのでしょうか? 残念ながらそうとも言えません。「嘘」で塗り固めて就活を乗り切ったとしても、入社後、不幸な結果になることが多いからです。
何度も聞いているかもしれませんが、就活で大切なのはマッチングです。「本当」の自分とかけ離れた「嘘」の自分であり続けることは、それこそアイドルでもないかぎり困難でしょう。そんな状況で日々の仕事に取り組んでいきたいという人はそれほどいないはずです。
では、いったいどうすればよいのでしょうか? 「本当」をさらけ出して傷つくことなく、同時に「嘘」ばかりでマッチングに失敗することもない。そんなうまいやりかた、どこにもないように思えるかもしれません。
「●●」は、「嘘」と「本当」のイイトコ取り
しかしこんなときこそ、『推しの子』です。さきほど挙げたエピソードに引き続き、「本当」と「嘘」のはざまで揺れるリアリティショーを徹底して描いています。本作が教えてくれるのは、想像の斜め上からやってくる第三の解決策です。
「どんな聖人も一面だけ切り抜いて繋ぎ合わせれば、悪人に仕立て上げられる。それが演出っていうもの」
第七話より引用
▼【推しの子】第七話『バズ』WEB予告
炎上騒ぎによって憔悴しきっていた黒川あかねを救うため、アクアは一発逆転のための策略を立てることになります。その核となるのが上のセリフにある「演出」です。ときに聖人を悪人に見せかけることさえ可能な「演出」の力によって、黒川あかねに対する世間の悪いイメージを刷新しようと試みるのです。
ここでアクアの言う「演出」は、「嘘」ではありません。事実そのものを加工しているわけではないからです。しかし同時に「本当」でもありません。秘められた意図に沿うように見せ方(魅せ方)を工夫しているからです。
反対に、「演出」は「嘘」でも「本当」でもあると言えます。「嘘」と「本当」のイイトコ取り。「演出」こそが、さきほど述べた、「本当」をさらけ出して傷つくことなく、同時に「嘘」ばかりでマッチングに失敗することもない、という理想的な方法になりうるのです。
円柱形の積み木は、円にも見えるし、長方形にも見える
とはいえ、急に「演出」なんて言われても、「どうやればいいのかわからない」、「私にはできそうにない」と戸惑う人も多いでしょう。もちろんアクアの言うような高いレベルの「演出」を目指すのであれば話は別です。しかし自分自身に対する簡易的な「演出」――就活で使うには十分すぎるレベルです――であれば、たいした技術は必要ありません。
具体的に解説してみたいと思います。
たとえば、あなたの目の前に1台の机があるとしましょう。机の上には円柱形の積み木が立っています。真横から見たとき、積み木はどんなかたちをしているでしょうか? もちろん長方形に見えるはずです。では、真上からだとどうなるでしょうか? 今度は円形に見えるはずです。
視点を変える。当たり前のように思われるかもしれませんが、このちょっとしたアイデアこそ「演出」のための第一歩です。長方形と円形。どちらも間違っているわけではないし、正しいわけでもない。そこにあるのは、円柱形という事実をどのように見せるのかという意図だけ。「演出」はそれほど難しいことではないのです。
1つの経験でも、見せ方を変えれば、それぞれの会社が求めるエントリーシートが書ける
より実践的に、就活におけるエントリーシートへの応用も紹介してみましょう。たとえば、あなたに高校の野球部でキャッチャーをしていた経験があるとします。現在、この経験は、チーム一丸となって物事を達成したエピソードとしてエントリーシートに書かれています。
この経験自体は変えようがありません。論理的な思考力を求める会社を受けるために、数学オリンピックに出場していたことにしたり、忍耐力を重視する会社を受けるために、過酷な日本一周旅を達成したことにしたりするのは、さすがに無理があります。
ですが、手持ちの経験をプレゼンテーションする際に、その切り口を変えることによって、それぞれの会社が求めるエントリーシートを書くことは十分に可能です。
たとえば1つ目の論理的な思考力を求める会社に対しては、ピッチャーの配球を組み立てていたことを書けばいいのです。キャッチャーである以上、配球を考える機会があったに違いありません。相手バッターの特徴を分析し、試合全体を通じてもっとも効果的になるようなボールの組み合わせを導き出す。それはまさに論理的な思考力と言えます。
また2つ目の忍耐力を重視する会社に対しては、基礎的なトレーニングを折れずに継続してきたことを書けばいいでしょう。雨の日の筋トレ、冬のランニング、なんでもかまいません。地味な練習にコツコツ取り組んできたことは、十分にあなたの忍耐力を示してくれるはずです。
いかがでしょうか? 高校の野球部でキャッチャーをしていたという1つの経験であっても、視点を変えるだけで、さまざまなエピソードをアピールすることができるのです。最初のうちはなかなかうまくできないかもしれません。ですが、人間は慣れる生き物。続けていれば、だんだんスムーズにできるようになるはずです。
「演出」をうまく使うことで、自分の魅力を幅広く適切に伝えられる
簡単にまとめます。就活において「嘘」はたしかによくありません。かといって、「本当」だけで無防備に体当たりしてしまえば、『推しの子』でも見てきたとおり、深く傷ついてしまう可能性もあります。そこで重要になるのが「演出」であり、求められるプレゼンテーションを行う力です。「演出」をうまく使えば、「本当」の弱点を回避しつつ、あなたの魅力を幅広く適切に伝えることができるのです。
もちろんここで紹介した「演出」を使わなくても、就活を成功させる方法はいくらでもあります。ただ、傷ついてつらい思いをすることなく、入社後に後悔することもない。そんな就活の一助になれば幸いです。
最後に、みなさんがひとりひとりのスタイルに合った就活をできるように願っています(ひとりでも多くの人が『推しの子』を観てくれることもこっそり願いつつ)。大変なこともあるかもしれませんが、生き延びること最優先でがんばってください。応援しています。